末吉町

今から2百年あまり前、末吉に黒原勘兵衛という優れた武芸者がいました。
勘兵衛は身長が1メートル位しかないのに、普通の人よりも長い刀を差していたため、刀の先を地面に引きずってしまうので、刀のさやの先に車を付けて歩いていました。この格好がおかしいので、勘兵衛は、人からバカにされたり、笑いものにされたりする事が多々ありました。それでも、武芸に優れ、とんちのきく勘兵衛は、決して人に負ける事はありませんでした。

ある日、勘兵衛が殿様から運ぶように命じられたお金を、船の着く福山まで取りに行った帰りのことです。いつものように、さやの先に車をつけた長い刀を引きずりながら、袋に入れたお金をぶら下げて、福山の坂道を上っているところをスリが目をつけました。スリは、勘兵衛と並んで歩きながら、
「だんなはどこに行くんです?」
聞くので、
「末吉まで帰るところだ」
と答えると、
「わたしも末吉まで行くところです。その持ってる袋はなんですか?重そうだし、わたしがお持ちしましょう。」
と言う。勘兵衛が遠慮してもスリがしつこく言ってくるので、とうとうスリに銭袋を持ってもらう事にしました。そこで勘兵衛は、スリに、
「おまえが先に行け」
と言うのですが、隙を見て銭袋を持ち逃げしようと思っているスリは、なかなか勘兵衛よりも先に行こうとはしません。仕方がないので勘兵衛は、前を歩く事にしました。しかし、銭袋が気にならないのか勘兵衛は後ろを見向きもしません。スリが隙をうかがいながら勘兵衛の後ろをついて歩いていると、今まで道ばたで鳴いていた小鳥がスリの足もとに落ちてきました。不思議に思いながらしばらく行くと、また小鳥が落ちてきました。しかし、今度はまっぷたつに斬られていて、赤い血を流していた。スリは、震え上がりました。前を行く小男の武士が切っているのには違いないのだが、いつ刀を抜いたのかも分からぬ早業だったからです。スリはどうしようかと迷いました。自分の正体は、もうばれているに違いない。このまま逃げれば首が飛びそうである。そうかといって、ついて行くのも怖い。ちょうど都城への分かれ道にさしかかったのを幸いに、
「だんな、わたしは、都城へ行く用がございますので、ここでお別れします。もうこの荷物は、お返しします。」
と、銭袋をさし出した。ところが勘兵衛は承知しない。
「おまえは、末吉まで行くと言ったじゃないか。嘘を言ってはいけない。さあ、末吉まで一緒に行こう。」
と言って、さっさと前を歩いていきます。
こうしてスリは、お金を取る事もできず、かえって荷物もちにされて、30キロメートル近い道のりを歩いて勘兵衛の家まで来てしまいました。そこで、勘兵衛は、
「ご苦労様。まぁお茶でも飲んでいきなさい」
と言ってお茶を出し
「体が小さいからといって、決して人をバカにするもんじゃないぞ」
と言い聞かせてスリを帰しました。
帰りにスリは、近くの人に名前を聞いて。
「なるほど、あれが黒原勘兵衛先生でしたか」
と、おどろいたそうです。勘兵衛の墓は、今でも末吉町田村に残っています。
 

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