b-post > 地域情報「戦地を生きて −戦争体験談」

2002/08/22

戦地を生きて
戦争体験談

−何歳で召集されたのですか?−
 最初の赤紙がきたのが二十歳、二回目が二十六歳。最初はシナ事変で久留米第四十八連隊第三機関銃中隊二等兵として中国大陸へ。大東亜戦争が始まると再び召集され陸軍の船舶砲兵松崎隊に入った。
−終戦を知ったのは?−
 広島県福山市で衣装庫長をしている時、急遽、原爆が投下された広島市に向かうよう命ぜられた。投下から二十日ほど経っていたが、市内を流れる四つの大きな川の両岸はものすごい数の死体で埋め尽くされていた。
当時は、原子爆弾なんて名は知らないから皆「ピカドンにやられた」と言っていました。我々の役目は死体を集めて焼却処分すること。地獄の光景の中で毎日死体の運搬に明け暮れた。
 福山も空襲が凄まじく、米軍のB29戦闘機がガソリンを撒きながら旋回し、もう一機が焼夷弾をばら撒きながら飛ぶ。それこそ雨のように降っていた。終戦のラジオを聞きながら特に若い兵士は泣いていましたね。我々は寸前まで戦っていましたから敗戦の知らせは悔しかった。
−中国大陸ではすぐ戦争に参加したのですか?−
 船で中国大陸に着き汽車で連隊本部のある「あんゆう」へ。そこには塩池があって岩塩はかつて蒋介石率いる国民政府の資金源になっていた。着いた翌日にはすぐに戦前に放り込まれた。私は歩兵隊でしたから腰に手榴弾をぶら下げ、肩には小銃という格好で銃撃戦に加わった。陸軍はびらん性の毒ガスも持っていましたからマスクも必ず所持していた。
−大陸の様子は?−
 大陸には県が幾つもあって日本軍によってすでに陥落しているところが多かった。県というのは一つの城になっていて、軍司令部が置かれた南京城は特に大きく城内を汽車が走っていたほどだ。冬の寒さは厳しく氷点下四十度にもなり凍傷も患った。一方、夏はサソリが出没しマラリアや梅毒を患う兵士も多かった。
−銃撃戦とはどんなものだったか?−
 大陸に渡る前、三ヶ月の訓練があってそこで射撃賞をもらったが戦地では、ただ無我夢中だった。撃たないとこっちがやられる。小さな石ころでさえうつ伏せになって盾にした。国民政府には女性の兵士もいました。
−特に印象に残っていることは?−
 罠として傾斜になった地面に幾つもの穴を掘っていたら背中で「シュッシュ」と音がする。背負った荷物と首筋の間に手榴弾が挟まっていて大慌てで体を思い切り振って遠くへ飛ばした途端に爆発。丘の上を駆け上がっていくと手足を鎖で縛った敵の兵士がいた。国民政府の決死隊ですね。胸を一突きにした。
 陣地をつくっている最中、夜だったが周りを突然敵に囲まれて銃撃戦になったこともある。ほんの数メートル先から手榴弾が投げ込まれて、仲間が吹き飛ばされるのがわかった。こっちも必死で迎撃するが相手がどんな状態なのかもよくわからない。夜が明けて辺り一面が死体だらけだった。我々のほうも二、三人の生存者しかいなかった。
−中国人は日本兵士を「日本鬼子(リーベングイズ)」と呼んでいました。−
 恐がっていたんだろうな。ひどいことをしたから。
−戦争で最も悲しいことは何でしょう?−
 親子が引き裂かれることじゃないかな。戦争はもう二度と起こしちゃいけませんね。弾にあたって死ぬ奴は本当に可哀想ですよ。最期に天皇の名を呼ぶ奴なんかいない、殆ど母親の名でしたよ。本当に戦争はほんとに惨めな思いしかしませんよ。兵隊はもう懲り懲りだ・・・・・・。
 

[南九州新聞 2002年 08月17日]
08/16〜08/22の主な紙面(18日休刊日)
08/16

市民・有志が恒久平和を誓う −元海軍飛行隊長が終戦秘話を披露

イギリス・オランダで豚を学ぶ −農業の将来を担う若き力

12日間の作業終了 −船体撤去作業も間近

戦争の真実と文化A −戦争を知らない人々へ

茶(生葉)生産費2.3%減 −九州農政局鹿児島統計事務所まとめ

港湾整備と背後の交通アクセス連動が不可欠 −来年のみなと祭りには帆船・日本丸を
08/17

住民意見など集約し件に要望 −市が町内会、関係団体と意見交換

戦地を生きて@ −戦争体験談

お盆帰省客で、18日まで満席 −町は年間2千万円をフイ?

戦争と真実と文化B −戦争を知らない人々へ

くらし館西原店24時間営業へ −閉鎖時に離れた顧客取り戻す

海岸に漂流のゴミ一掃 −瀬戸山組と福進会
08/19

県が3セク化への具体案を検討 −根占ー山川航路廃止延期を要請

戦地を生きてA −戦争体験談

戦争と真実と文化C−戦争を知らない人々へ

本城川水系の宝写真展 −20日から垂水市文化会館ロビーで

40年ぶりに出会う顔顔 −花岡中卒業生同窓会

道路4公団を地域分割 −民営化委 運営6−9社検討
08/20

事業地区変更の広告行わず −県営西花岡特殊農地安全事業で調査依頼

再開発事業への反対公表、白紙撤回求める −鹿屋市北田・大手町地区再開発を検証する会

バラの街づくり市民の手で −バラを活かした街づくり計画策定委員会発足

地元への恩返しに奉仕作業 −松原建設と松原緑地建設

長生きが1番の喜び −特養「以和貴苑」で夏祭り

信頼される局にいっそう努力 −市行事にも積極的参加、地域と共に歩む郵便局に
08/21

速やかに白紙撤回し中止を −地権者ら要望書を市長と市議会議長に

錦江湾に必ず帰ってきてネ! −鹿屋市浜田海岸で子ガメの放流

戦地を生きてB −戦争体験談

発足以来初の前年度比減 −鹿屋串良水道事業団定例会

いろんな表情おもしろい −郷土を知ろう「田の神さあ巡り」

町民の大きな祭りの輪 −有明町サマーフェスティバル
08/22

「高速道路建設凍結論」批判続出 −道路公団など民営化への危機感も

農業は仕事の原点、会社員から就農者へ −農業の将来を担う若き力

廃止を9月末まで延期 −根占ー山川航路問題

厳正公正な開かれた市制のための努力を

自然の美写真で満喫 −本城川水系の宝写真展

イベント広場などで献血呼びかけ −血液不足に協力を

提供:南九州新聞社  HOME